大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

和歌山地方裁判所 昭和33年(行)7号 判決 1962年4月28日

原告 寒川朝海

被告 国・御坊税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告御坊税務署長は、原告に対する昭和三一年度所得税に関する滞納処分として、昭和三三年七月二三日別紙目録記載の不動産につきなした差押処分の無効なることを確認する。被告国は原告に対し金五〇万円を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は、昭和三二年三月一二日、被告御坊税務署長に対し、課税所得金額三、〇二一、二〇〇円、算出税額九四三、四八〇円とする昭和三一年分所得税確定申告書を提出し、同年五月二二日右所得税の分納金として、金五〇〇、〇〇〇円を納付した。そして、その後同税務署長は、昭和三三年七月二三日原告に対し右所得税についての滞納処分として別紙目録記載の不動産に対し差押処分をした。

二、しかしながら原告のした右確定申告は無効である。即ち和歌山県日高郡美山村大字寒川二四二五番地山林一町四反八畝及び同所二四三六番地山林七町二反六畝はもと訴外亡寒川信之丈の所有であつたが、同人は昭和二七年四月四日死亡したので、右山林を含む同人の財産を、同人の妻訴外ナカヱが一二分の四、長男原告、二女訴外東洋子、養女訴外フミが各一二分の二、養子訴外亡良雄の代襲相続人孫丸山八重子、及び同寒川きみよが各一二分の一の法定相続分をもつて相続した。そして原告は昭和三一年七月一七日右山林に生立する立木を訴外株式会社日和商会へ、代金五、三〇〇、〇〇〇円で売渡したが、右代金は前記相続分をもつて右各相続人がこれを取得したものというべきであるから、原告は右代金総額の一二分の二に当る金八八三、三三三円の金員を取得したことになる。しかるに原告は法律を知らなかつたため、右のような共同相続の制度を知らず、旧法当時の家督相続が依然行われているものと考え、長男である原告が財産全部を相続したものと誤解し、右代金をすべて原告の所得であるとして、所定の方法により課税所得金額、同税額を算出し、前記内容の確定申告をした。右確定申告は、自已に所得がないのに、所得あるものと誤解しなしたものであつて、法律行為の要素に錯誤があるものである。よつて右確定申告は無効である。

三、すると、原告が昭和三一年度所得税分納金として納付した金五〇〇、〇〇〇円は被告国が法律上の原因なしに不当利得したものというべきであり、又その後被告御坊税務署長のなした前記滞納処分は無効であるといわねばならない。

よつて被告等に対し右金五〇〇、〇〇〇円の返還並びに前記滞納処分の無効確認を求める、と述べた。

(証拠省略)

被告等指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告主張の一の事実は認める。同二の事実中本件山林が訴外亡寒川信之丈の所有であつたこと、同人が原告主張の日時に死亡し、その相続人及び相続分が原告主張の通りであること、右山林立木を原告が訴外株式会社日和商会へ代金五、三〇〇、〇〇〇円で売渡したことは認める。その余の事実は否認する。

二、原告は昭和三一年分所得金額を誤つて過大に申告したと主張するが、このような場合は、以下にのべる様に、所得税法が規定する更正の請求によるのであれば格別、申告行為の要素に錯誤があることを理由としてその無効を主張することは許されない。所得金額を誤つて過大に申告したときは所得税法第二七条により、同申告書の提出期限後一ケ月間に限り所得金額ないしは所得税額の更正を請求できることになつている。そしてその趣旨は、誤つた申告であつてもこれを当然に無効として取扱うことなく、申告者が過大な申告をした場合は、提出期限後は自由に修正することは許されず、その後一ケ月を徒過すればもはや更正を請求することもできないものと解すべきである。納税関係のような行政上の分野においては、その行為の効果は、単に当事者間に止ることなく、広く一般に影響を及ぼす結果、私法の分野におけるように意思主義を徹底することは許されず、その外見によつて行為の効果を決すべきものである。したがつて原告の本件確定申告が仮に錯誤によるものとしてもその救済は所得税法第二七条の手段によるほかないと考えるところ、原告はこのような手段をとつていない。

三、そのうえ本件確定申告には、原告の主張するような錯誤はなかつた。本件立木譲渡契約は原告を売主としてなされ、右譲渡による対価もすべて原告が取得しているのであるから、これを原告の所得とすることは正当で、右に沿う原告の確定申告には何等錯誤はない、とのべた。

(証拠省略)

理由

一、原告が昭和三二年三月一二日、被告御坊税務署長に対し、課税所得金額三、〇二一、二〇〇円、算出税額九四三、四八〇円とする昭和三一年分所得税確定申告書を提出し、同年五月二二日右所得税の分納金として五〇〇、〇〇〇円を政府に納付したこと、及びその後同税務署長は、昭和三三年七月二三日原告に対し右所得税についての滞納処分として別紙目録記載の不動産に対し差押処分をしたことは当事者間に争いがない。

二、原告は、右確定申告には、要素の錯誤があるから無効であると主張するので、まず同申告行為について民法第九五条の適用があるかどうかを判断する。所得税法によると、原則として所得税に関する課税標準の確定は、納税義務者自身がこれを認定算出した上政府に申告してこれを確定する、いわゆる申告納税制度がとられている。従つて右申告に際し課税標準の認定算出を誤つた場合は、右申告は錯誤に基くものとして一応瑕疵ある申告とみなければならない。しかしながらこのような申告の効力については、それが私人のなす公法行為であるところより直ちに民法第九五条を適用すべきではなく、右申告行為の性質と、右申告行為に関する救済手続との関連において判断されなければならない。そして所得税法によると、納税義務者から申告があつた場合、課税標準の額等その内容が政府において調査したところと異なるときは、政府はその調査によつてこれ等の額の更正をなす(第四四条)ほか、これ等の額が過少である場合には修正確定申告により、又右額が過大である等の場合は、右申告書提出期限後一ケ月間を限り政府に対し前記更正の請求をし(第二七条)これに対する更正決定により、それぞれ右申告額を適正の額に修正する制度がとられていることが明らかである。すると所得税法は、申告にかかる課税標準の額等について誤りがある場合も、一応これを有効として扱いその後の修正手続により正当な額に確定させる趣旨であるといわねばならない。納税義務者が過大な申告をした場合の救済について法は、右更正の請求ができる期間を申告書提出期限後一ケ月に限つている点は、やや短に過ぎ立法論として問題ではあるが、しかし右制度自体の趣旨は、租税債務はすみやかに確定させなければならないという手続上の要請と、本来課税標準について最もよく知つているはずの納税義務者自身が申告するものであるから一応これを有効として取扱つても一般的に納税義務者に不利益にならないという実質的な理由から是認することができるものである。従つて単に課税標準の額を誤つて申告をしたという限りでは、民法第九五条の適用は法自体がこれを否定している趣旨といわねばならない。

三、もつともこのように解するとしても、課税標準等の申告内容を誤り、その結果納税義務者に不利益となり、しかもその誤りであることが容易に認識し得る程度であつて、前記のような修正手続を経るまでもない場合はこれを有効として取扱う理由なく、むしろその効力を否定して、その結果生ずる不当な課税から納税義務者を保護しなければならないものと解する。

四、よつて本件につき判断するに、原告が本件立木を自らが売主となつて他に売却し代金五、三〇〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。すると、原告において一応右受領金額を基礎として算出した山林所得があつたものと推定するのは当然であつて、特に、右立木が原告主張のように、原告の単独所有でなく他に権利を有する共有権者との共有であり、従つて右代金は右共有者間にその持分の割合に従つて分割して取得さるべきものであるとしても、右山林所得の原因となつた取引行為の態様からみてそのような事情は明白とはいい難く、従つて右受領した金額を基礎として算出した本件山林所得申告には、何人も容易に認識し得る程度の誤りがあるということはできない。すると原告のなした本件申告は、その内容に誤りがあるとしても右錯誤を理由として前記更正の請求をし適正な額に修正すべきであつて、このような手続によらないで原告主張のような錯誤を理由としてその申告自体の無効を主張することは許されないものといわねばならない。

五、すると原告のなした本件確定申告によつて現在具体的租税債務は一応確定しているものというべく、従つて本件滞納処分は有効であり、又原告の不当利得の主張も理由がない。よつて原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷野英俊 井上孝一 逢坂芳雄)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例